天津駐在員が送る中国エッセイ
***************語学の習得には、その国の歴史、思想、習慣などの知識が必要です。 中国は、私たち日本の隣国であり、世界の大国でもあります。これからいやでもうまくつきあっていく必要があります。一緒に中国の事を勉強しましょう。***************
FC2カウンター



プロフィール

Author:shinoper
私たちには理解できない中国人の行動や考え方には、何かの理由があると思います。
それが、歴史の中にあるのか?
社会環境にあるのか?
お互いによい関係を気づくために、理解しあえるようなブログにできたら良いなと思います。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



FC2ブックマークに追加する

FC2ブックマークに追加



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



中国情報



RSSフィード



ブログ内検索



リンク

このブログをリンクに追加する



By FC2ブログ

Powered By FC2ブログ
ブログやるならFC2ブログ



最近読んだ本

読書メーター

shinoperの最近読んだ本



大躍進の孤児
物に憑かれたような怖い顔で母ちゃんが僕の左耳をつかんで耳朶(たぶ)に鋏を入れた。激痛と滴る血に驚いた僕は「疼死了、媽媽不要剪」(痛いよ、母ちゃん切らないで)と泣き叫ぶ。血だらけの左の耳朶は断ち切られてはいなかったが、意を決した母ちゃんは逡巡することなく、次に僕の右耳をつかんで一気に耳朶を切り落とした。

恐ろしい話ですが、フィクションではないようです。

Nikkei Business NB online に書かれた、北村 豊(きたむら ゆたか)さんのレポートの冒頭です。


ネット上には、いろいろな中国に関する情報が載っておりますが、中国と長く付き合っている私にとってあまり、新鮮で興味を引く内容の物はありませんが、北村さんが書かれる内容は、中国を深く考察されており、それにも関わらず、これまで知らなかったような新鮮な情報が多いようで、いつも読んでおります。


大躍進の後に、大飢饉が有ったことは、このブログでも紹介しましたが、その飢饉を乗り切るために上海周辺の農村では、上海では、まだ食料があるというので、幼い子供を上海に捨てたそうです。それは、ただ単に口減らしをするという事ではなく、いつか合えることを願って。しかし、いつか会うためには、目印が必要であり、その為に自分の子供の耳たぶを切ったり、家畜用の焼き印を押したり、入れ墨をしたりしたそうです。


なんともやるせない話ではありますが、日本人だったら、どうでしょう?
多分日本人なら、親子一緒に死ぬ道を選ぶのでは、ないでしょうか?
そして、それが悲しい美談として言い伝えられる。

しかし、中国では、どんなに、醜い行為であろうと、生き続ける道を選ぶ。
それが、日本と中国の根本的な違いのように思えて成りません。







にほんブログ村 海外生活ブログ 中国情報(チャイナ)へ


FC2 Blog Ranking


テーマ:中国 - ジャンル:海外情報


兄弟 余華
兄弟



ようやく読み終わりました。

ある人から何で兄弟というタイトルなのだろうと言う質問がありました。
その時は、なんでそうなのか、私にも、分かりませんでしたが、読み終わって何となくわかった気がします。

この小説は、文革の前頃から始まり、つい最近の2002年頃までの話なのですが、そこには、
中国の移り変わりが、いろいろな人々の人生を通して書かれております。

文革の時代は、大変暗く恐ろしく抑圧された時代であり、人の批判によって、いきなり罪人になり、
何をされても、殺されてさえも何も言えない。そのようなあまりにも非人間的な時代でした。

そして文革が終わり、社会は、改革に向かい始めます。
一気に全ての自由が流れ込みますが、その流れの中で、ほんの一握りの人は、その流れに乗って大金持ちに成ることができます。
そのお金を使って、社会の全てを自由に動かす事ができるのです。

しかし、一方でほとんどの人が、その流れにのれずに、以前の安定した生活すら保障されず、極貧の生活を強いられ、とまどう事になります。
そんな極貧の生活の中で、健全な精神が奪われ、人を騙す事を覚え、お金の為なら何でもするような風潮が生まれてきます。


なぜ、兄弟というタイトルにしたのか?

この兄弟という文字で、中国人民全体を表そうとしたのではないかと、私には思えました。

主人公の 李光頭、そしてその義理の兄弟の 宋鋼。

彼ら二人の父親は、文革中に地主という罪を着せられ、挙げ句の果てには、殴り殺されます。
母は、頭痛の治療で上海に病院に入院しておりますが、父が地主という罪を着せられて殺された事すら知りません。

兄弟二人で、恐怖におびえながら苦労を共にします。

二人が仕事を始めた頃、街一番の美人、林紅の取り合いになり、二人は絶縁する事になります。
背が低く、粗野な李光頭。背が高く、文学が好きな宋綱。
林紅は、宋綱を選び、二人は、幸せな結婚生活をおくります。
対する李光頭は、落ちぶれていきます。

しかし、皮肉な物で、李光頭は、改革と共に大金持ちになり、宋綱は、職を失い、肉体労働で、体を悪くし、
外地にでて、露天で、人を騙して商売をする事を覚えますが、それでも大した稼ぎはありません。

1年宋綱を待ち続けた、林紅は、ある時、李光頭に優しくされ、彼を見直します。
ある日、李光頭に強引に関係を持たされますが、その肉体的な強さと、経済的な余裕に関係を続けて行きます。

宋綱が街に戻ってみると、林紅が、弟の李光頭と関係を持っていることを知り、自分の不甲斐なさと失望の内に
自殺をしてしまいます。

李光頭と林紅は、わかれますが、林紅は、それから人がかわり、最後には、売春宿の女将さんになります。


一般大衆の代表が、宋綱。
お金持ちに成る人たちの代表が、李光頭。
そして、それを眺めている女性の代表が、林紅。

文革から、改革とあまりにも急激な社会変化の中でとまどう人々。
以前は、貧相であるが、落ち着いた社会が、急激にとげとげしくなり、人々の心をゆがませてゆく。
そこには、余華さんの中国に対する憂いが十分に表現されているように感じました。






にほんブログ村 海外生活ブログ 中国情報(チャイナ)へ


FC2 Blog Ranking

テーマ:中国 - ジャンル:海外情報


巨大欲望の時代 余華
余華さんのブログに、「巨大欲望の時代」という文章を見つけました。彼の作品「兄弟」を紹介する記事のようですが、現代の中国を理解するのに役に立ちそうですので、ご紹介したいと思います。

この文章は、ドイツの貴社との対話形式でかかれております。
また、下記の文章は、私の独断と偏見による、要点の抜粋です。


記者:小説の中で、文化大革命を現代を結びつけておられますが、両者にはどのような関係があるのでしょう?

余華:それらは、コインの裏表のようなものです。現代多くの極端な現象は、文化大革命の極端な政策の反発から生まれているものです。文革の時の自制がなかったら、現在の好き放題の現象も無かったでしょう。
文革の時、人々は、一行の文字を書き間違える事さえ恐れてました。私が小学校一年生の時、同級生が言った一言「太陽が山に沈む」が反革命なのです。太陽は、毛主席の象徴でした。現代社会の典型的な特徴は論理の喪失です。人々は、何にも恐れなくなりました。

記者:文革がなかったら、どうなっていたでしょう?

余華:難しい設定です。あの当時、今のように自由であったら、もっと中国の経済は発展していたでしょう。人々の気持ちも違っていたはずです。現在の人達を見ていると全く見境が無くなってます。もし、何かを
利用して成功できるのであれば、躊躇無くそうするでしょう。腐敗は、今のようにひどく成ってないはずです。今の人には、論理の限界はありません。

記者:巨大な欲望とはなにを意味しているのでしょう?

余華:一億の家を買う人がいる傍らで、バナナが買えなくて、自殺する人がいる。同じような事が、現在の中国で毎日繰り返されているのです。

記者:西側の中国に対する見方は、どれくらい正しいと思いますか?

余華:経済の発展については、よくご存知だと思います。しかし、中国の内部に潜む欲望がどのような程度に達しているのかは、想像できないでしょう。中国人の欲求は、想像を超えてます。お金持ちとはどういうものなのか?貧乏とは何なのか?多くの中国人が困惑してます。私たちの民族は、なんでこんなに急に強烈な欲望をもってしまったのか。心配です。





テーマ:中国 - ジャンル:海外情報