天津駐在員が送る中国エッセイ
***************語学の習得には、その国の歴史、思想、習慣などの知識が必要です。 中国は、私たち日本の隣国であり、世界の大国でもあります。これからいやでもうまくつきあっていく必要があります。一緒に中国の事を勉強しましょう。***************
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Author:shinoper
私たちには理解できない中国人の行動や考え方には、何かの理由があると思います。
それが、歴史の中にあるのか?
社会環境にあるのか?
お互いによい関係を気づくために、理解しあえるようなブログにできたら良いなと思います。



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日本の文化
=== 日本の文化は、世界でもトップレベルだと思いませんか? ===
各民族の文化を比較して優劣をつけるというのは、無理ですし、危険な事かもしれません。ただ、1つ言えるのは、私達人類は、これまでずっと進化しつづけているという事実と、全ての文化、その思想には、世界的な流れがあると言うことです。

例えば、禅。
禅は、日本人の考え方のかなりの部分を規定する思想だと思います。

紀元前2500年前のインダス文明にヨーガの起源をもつ可能性が指摘されております。
同文明の都市遺跡のモヘンジョ・ダロから、坐法を組み瞑想する神像や、様々なポーズをとる陶器製の小さな像などが見つかっているからです。
そして、インダス文明が滅んだ後、アーリア人は、一部インドに来て、バラモン教を起こします。そのバラモン教の教典ウパニシャッドに、ヨーガの方法が記されているそうです。そして、その後に出てくるのがお釈迦様なのです。禅というのは、仏教固有の思想、方法ではなく、ヨーガが変形してできた物のようです。

その後、達磨大師が中国に、禅と伝えたと言われており、梁の武帝との下記のような話が伝わっております。

帝問うて曰く「朕即位して已来、寺を造り、経を写し、僧(僧伽、教団)を度すこと、勝(あげ)て紀す可からず(数え切れないほどである)。
何の功徳有りや」
師曰く「並びに功徳無し」
帝曰く「何を以て功徳無しや」
師曰く「此れ但だ人天(人間界・天上界)の小果にして有漏の因なり(煩悩の因を作っているだけだ)。影の形に随うが如く有と雖も実には非ず」
帝曰く「如何が是れ真の功徳なるや」
答曰く「浄智は妙円にして、体自ずから空寂なり。是の如き功徳は世を以て(この世界では)求まらず」
帝又問う「如何が是れ聖諦の第一義なるや」
師曰く「廓然(がらんとして)無聖なり」
帝曰く「朕に対する者は誰ぞ」
師曰く「識らず(認識できぬ・・・空だから)」
帝、領悟せず。師、機の契(かな)はぬを知り・・・  

わかりやすく言うと

武帝:ぎょうさん仏教の為に金つかってますねん。どんだけ、いい事がありますのやろ。
達磨:ありまへん。
武帝:何で、ないのや。
達磨:無いことは無いけれども、実際になんか有ると言うんでは有りません。
武帝:それじゃ、やっぱなんかあるんやろ。
達磨:この世での事ではありません。
武帝:ほんなら、佛さんの大切なもんはなんや。
達磨:有りません。
武帝:おまえさんは、誰やねん。
達磨:私も分かりません。

ってな感じでしょうか。

※達磨さんは、大阪弁ではありませんが、なんか大阪弁がこの会話には合うようです。

こうして、中国に渡った、禅は、まず老荘思想・道教と融合を見せます。その思想が似ていたのです。そうして、慧可、(第3祖は、漢字が見つからないので省略)、道信、弘忍、慧能...と受け継がれていきます。唐の末期になると禅は、いろいろな宗派に分かれておりました。その中でも有名なのが、臨済宗と曹洞宗です。宋代に入ると、今度は、禅が儒教と融合し始めます。儒教もあたらに易の考え方が発達し、朱子学、陽明学へと発展します。

これだけの長い時間をかけて、老荘・儒教と融合を遂げた仏教は、南宋の時代、栄西・道元によって日本に伝えられます。

話を元に戻しますと、日本の文化がトップレベルであるというのは、日本民族のみによって成し遂げられた文化ではないのです。インド、中国で2000数百年という時間をかけて、インダス文明のヨーガの時代も入れると4000年の時間をかけて、練りあげられてきた思想であり文化なのです。アジアの集大成とも言うべきものなのです。

近年、これらの伝統的な文化が失われたという人が多くいますが、この大きな時間の流れから見ると一時的に伝統的な文化が失われる事など何度も有ったことだと思います。そういう時期を経てもなおこれらの偉大な思想や文化は生き続けてきました。いつの日が再び息を吹き返す事があると思います。そして現在私たちは、西洋文化を取り入れ、その思想を学びつつあります。これからは、東洋の思想と西洋の思想、東洋の文化と西洋の文化が融合しようとしている過渡期に私たちは生きているのではないでしょうか。私たちの子孫達は、遠い未来で、新しい思想、文化を満喫しているかもしれません。






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中国の面子(Mian zi)  Part 2 歴史変遷
面子という言葉は、明朝を境に意味合いが変わっているそうで、明朝以前を古典的面子、明以降を江湖(現代)型面子と<江湖中国>著者は区別しております。





















時代 特徴 意義 世界との比較 判断の主体
古代面子(明以前) 古典的面子 人生の目的(価値観) 世界共通 自尊(尊厳)
現代面子(明以降) 江湖型面子 取引要素(手段) 中国独特 他律



面子という漢字は、かなり以前からあったようですが、明清までは、主に「面目」という漢字が使われていたようです。
その後、清朝後期にはいって、面子という漢字が使われる事が爆発的に多くなり、その意味合いもだんだん変化してくるようです。
これまでの古典的面子は、尊厳という意味合いでしたが、だんだんと面子が取引の一要素となるようになり、「面子をあげる」「面子を売る」「面子を買う」という風な言葉が誕生してきたと言います。

論語には、下記のような話がのっております。

孔子云う、「夏の禹王には文句のつけようがない。自分の食事は切り詰めて、祖先の祭を立派にした。日頃の衣服は粗末なものをまとい、礼服を立派にした。宮室は質素にして、灌漑工事には労力・費用を惜しまなかった。禹のこのような生き方には、文句のつけようがない」と。

「宮室は質素にして、灌漑工事には労力・費用を惜しまなかった。」というのは別にして、その前の2つは、まさに尊厳を保つためには、取り繕う事を善と解釈している訳です。考え方によっては、「嘘をついても見栄を張れ」と民衆が取り違えてもおかしくはなさそうな話ですが、古代の中国は、まだそこまで人がひねくれてなかったのでしょう。まだ、尊厳という意味で面子(面目)が使われていたようです。






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映画「ラスト・コーション」(色・戒)(Lust Caution)
「色・戒」(Lust Caution)の上映が始まりましたが、すでに最初の週のチケット売上げが4000万元に達しているとか。すごい勢いです。


1940年前後の日本軍占領下の上海と香港。

2人の男の間で揺れる女スパイ。

心理的駆け引き。


イタリアの第64回ベネチア国際映画祭最終日の8日夜
=== ベネチア映画祭金獅子賞受賞! ===




=== 梁朝偉(トニー・レオン) ===
梁朝偉(トニー・レオン)


=== 王力宏(ワン・リーホン) ===
王力宏(ワン・リーホン)


=== 湯唯(タン・ウエイ) ===
湯唯(タン・ウエイ)




=== 原作は、張愛玲(チャン・アイリン) ===
張愛玲(チャン・アイリン)2


小説家、筆名に梁京がある。
上海出身で、李鴻章のひまごに当たる名家の出。
聖マリア女学校を卒業。
後、香港大学に学ぶ。
3年後太平洋戦争勃発。上海に帰り本格的な創作活動を開始
44 年には王兆銘内閣の高官、胡蘭成と内々に結婚。
55年渡米
58年米国の左翼作家Ferdi nand Reyherと2度目の結婚


=== 李安(アン・リー)監督 ===
李安(アン・リー)監督


1954年10月23日生、台湾出身
75年国立芸術専門学校を卒業後、渡米。
イリノイ州立大学とニューヨーク大学で映画を勉強。
卒業製作作品が84年のニューヨーク大学学生映画祭でグランプリに
91年の台湾・アメリカ合作の「推手」で商業監督デビュー。
ハリウッド・メジャー作品「ハルク」を監督、みごと全米で1億ドルを超える大ヒット






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中国の面子(Mian zi)  Part 1
20世紀の80年代、広州近郊に、農場がありました。そこには、まだ水道が通っておりません。その農場の近くには、ビール工場が有り、そこには当然ながら大きい水道管がが引いてあります。お隣さんのよしみに預かろうと、農場長は、作業着を着て、おんぼろ自転車にまたがり、2キロほどあぜ道を走ってビール工場にお願いに行きました。大声で、「工場長!」と呼びつけます。門もまだ入ってないのに、門衛から阻止されます。なんとかかんとか言って、やっと工場長室の前までたどり着きましたが、総務室長に湾曲に断られます。

農場長は、数日悶々としてすごしておりました。ある日、一人のおじいさんに出会い妙案を授かりました。おじいさんが言うには「話がまとまるかどうか?という問題と、相手に会えるかどうか?という問題は、別の事だよ。つまり面子の問題だ。自転車でよその大工場に行くというのは、自分にも面子が立たないだけではなく、相手にも面子をあげることができない。双方に面子がなければ、当然話はうまくいかないよ。」

農場長は、ハッとしました。すぐに街に行き、ブランドのスーツを買い、豪華な車を借りてビール工場に向かいます。今回は、面子文化がおもしろい結果を見せてくれます。門衛は、引き留めなかっただけでなく、パッ!っと敬礼をしてくれます。得意になって、事務所に来ると、幹部達が揃って歓迎してくれました。まだ、なにも話をしてないのに、工場長がニコニコと出てきて「隣同士じゃないですか、どうぞ、お使いください。」と話がまとまりました。


以前、中国人の面子の事に少し触れたことがありました。

日本人は、恥のために死を選びましたが、中国人は、
「死要面子」(死んでも面子)
「樹活一張皮、人活一張Lian」(樹が生きるには一枚の皮、人が生きるには一枚の顔)

という言葉のとおり、面子の為に死を選びます。

日本の「武士道」のように、中国の「面子」と言えば、中国人の民族性を代表する言葉と言ってもいいのではないでしょうか。この中国の面子という感覚は、私たち日本人には、なかなか理解できにくい感覚でもあります。日本でも「顔を立てる」「顔に泥を塗られた」などと使いますが、中国の面子は、似て非なるものなのです。

エスキモーの雪を現す言葉の多さを指摘して、各民族の民族性を説明する文章を読んだことがあります。日本でいうと、魚の呼び方、雨の表現などに当たりますでしょうか。各民族は、自分たちが関わる一番重要なものは、いろいろな表現方法をもつようになるようです。

では、それをふまえて中国人の面子の表現方法をみてみたいと思います。

= 第一類 =
愛面子   要面子   講面子   顧面子
做面子   cheng面子   |光面子   給面子
留面子   売面子   看面子   靠面子   掃面子
拂面子   拉下面子    抹不開面子

== 効果 ==
有面子   没面子   diu面子   面子大

== 状態 ==
碍于面子   迫于面子

= 第二類 =
門面   派頭   排場   場面
型款   賞lian   台价   lian皮
牛气   死扛

= 第三類 =
lian   情面   名声   影響

= 第四類 =
客气   客套   套話   官様文章
花架子   假大空   浮夸   放衛星
逢場作劇   宣伝   走過場   形式主義
換湯不換薬   葫芦里売shen ma薬
城府   址皮   ti皮球   会説話
双関   両面派   招牌   名正言順

このように、いろいろな表現方法がありますが、特に第二類と第四類には、辞書を引いても、中国人に聞いても意味がはっきりしない言葉があります。これからじっくりと一つづつ解明しいていきたいと思います。







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