= 西郷隆盛 =
==== 西郷隆盛著「生財」 ====
「左伝」にこう書かれている。徳は結果として財をもたらす本である。徳が多ければ、財はそれに従って生じる。徳が少なければ、同じように財も減る。財は国土を潤し、国民に安らぎを与えることにより生じるものだからである。小人は自分を利するを目的とする。君子は民を利するを目的とする。前者は利己をはかって滅びる。後者は、公の精神に立って栄える。生き方次第で、盛衰、貧富、興亡、生死がある。用心すべきでないか。世人はいう。「取れば富、与えれば失う。」と。なんという間違いか!農業にたとえよう。けちな農夫は種を惜しんで蒔き、座して収穫を待つ。もたらせるものは餓死のみである。良い農夫は、よい種を蒔き、全力を尽くして育てる。穀物は、百倍の実りをもたらし、農夫の収穫は有り余る。ただ集める事を図るものは、収穫することを知るだけで、植えて育てる事をしらない。賢者は植え育てる事に精を出すので、収穫は求めなくても訪れる。
= 上杉鷹山 =
1、五人組は、同一家族のように常に親しみ、喜怒哀楽を共にしなければならない。
2、十人組は、親類のように、たがいに行き来して、家事に携わらなければ、ならない。
3、同一村のものは、友達のように助け合い、世話をし合わなければ、ならない。
4、五ヶ村組合のものは、新の隣同士がたがいに、どんな場合にも助け合うように、困ったときは助け合わなければならない。
5、互いに怠らずに親切をつくせ。
もしも、
年老いて子のない者、
幼くて親のないもの、
貧しくて養子のとれないもの、
配偶者をなくしたもの、
体が不自由で自活のできないもの、
病気でくらしの成り立たないもの、
死んだのに埋葬できないもの、
火事にあい雨露をしのぐことができなくなったもの、
あるいは、他の災難で家族が困っているもの、
このような頼りのないものは、五人組が引き受けて身内として世話をしなくてはならない。五人組の力が足りない場合には、十人組が力を貸し与えなくてはならない。もしも、それでもたりない場合には、村で困難を取り除き、暮らしの成り立つようにすべきである。もしも、一村が災害で成り立たない危機におちいったならば、隣村は、なんの援助もさしのべず傍観していて良いはずがない。五ヶ村組合の四ヶ村は、よろこんで救済に応じなくてはならない。
6、善をすすめ、悪を戒め、倹約を推進し、贅沢をつつしみ、そうして天職に精励させることが、組合を作らせる目的である。田畑の手入れを怠り、商売を捨てて別の仕事に走るもの、歌舞伎、演劇、酒宴をはじめ、他の遊興にふける者があれば、まず五人組が注意を与え、ついで十人組が注意を与え、それでも手に負えないときは、ひそかに村役人に訴えて、相応の処分を受けさせなければならない。
享和2年(1802年)2月
= 二宮尊徳 =
尊徳の改革に対する考えは、すべて「自然」は、その法にしたがう者には、豊かに報いる、という簡単な理に基づいていたのです。
「キュウリを植えれば、キュウリと別のものが収穫できると思うな。人は自分の植えたものを収穫するのである。」
「誠実にして、はじめて禍を福に変える事ができる。術策は役に立たない。」
「一人の心は、大宇宙にあっては、おそらく小さな存在にすぎないであろう。しかし、その人が誠実でさえあれば、天地も動かしうる。」
「なすべきことは、結果を問わずなされなくてはならない。」
= 中江藤樹 =
「いにしえの聖賢の論者には、現在の社会状態には適用できないことがたくさんある。」
こういって、藤樹は自分の学校では、修正版を作って用いました。
= 日蓮上人 =
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