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まったく
同感です
思考が言語の影響をうけざるを得ないと考えています。
文法の構造が思考の方向を与えると思います。
私たちはかなり自分自身わからない言葉を使っているとの見方があります。
厳密な表現ではなく、伝えたいイメージを単に表現しているのではないでしょうか?
日本語でも論理的な表現が訓練により出来るとなにかで読んだ事があります。
【2008/05/20 09:34】
URL | shiritagariya #- [ 編集]
コメントありがとうございます。
理論的な表現の訓練とはどんなものでしょう。
大変興味あります。
もし、その書籍思い出されたら、是非教えてください。
【2008/05/22 14:03】
URL | shinoper #- [ 編集]
初めて訪問させていただきます。
この記事を読んだときに、なぜか短絡的に下記と解釈してしまいました。
中国語→漢字→硬直→中国の方の思考が硬直している。
短絡的発想ですみません。中国の方の思考が「0」か「1」かの断定的。細かいニュアンス(中間的」な表現)がない。これらは良くも悪くも言語から来ているとこの記事を見て、連想してしまいました。
中国駐在のぼやきをブログに綴っています。よろしければ訪問をお願いします。
【2008/05/22 22:42】
URL | なに言うとりまんねん! #- [ 編集]
コメントありがとうございます。
確かに、中国人の考え方というのは、堅いというか、柔軟性が欠けているというか、そんな感じを受けます。まだまだ、報道の規制もありますし、海外旅行ができる人も限られているので仕方がないのかもしれません。
ただ、言語による思考の制限によっても多少の影響があるように思えます。
ブログは、いろいろな使い方があると思いますが、私は、書く方をメインにしてますので、あまり訪問できないかと思います。
ご了承いただければ、幸いです。
【2008/05/23 12:21】
URL | shinoper #- [ 編集]
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